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2026/09/27 14:40

葉に残る痕跡、影に現れるかた
Traces on the Leaves, Forms in the Shadows — Ficus religiosa, 2026
2026年、菩提樹の落葉を使った30点の作品を制作しました。
使用しているのは、沖縄県糸満市にある菩提樹苑で育てられている三本の菩提樹から、自然に落ちた葉です。
落葉した葉には、虫食い、傷、擦れ、欠け、葉脈など、それぞれ違った痕跡が残っています。
私は、その葉を独自に開発した釉薬と特許技術を使って、ガラスに焼き付けています。

一枚一枚の葉に残るもの
落ちた葉をよく見ると、同じものは一枚もありません。
虫に食べられた跡。
擦れた跡。
欠けた部分。
強く残った葉脈。
私は、そうしたものを単なる傷みとして見ているわけではありません。
それらは、その葉が外からの力を受けながら、生きてきた時間の痕跡です。
風にさらされ、虫に食べられ、擦れ、欠けながらも、葉は木の一部としてその時間を生きています。
私には、その傷や欠損が、植物が生きた時間の終わりではなく、次の命へとつながっていく途中に残された痕跡のように見えます。
葉はやがて落ち、分解され、土へ還ります。
一枚の葉だけを見ると、そこで終わったようにも見えます。
けれども植物の時間で見ると、それは次へつながっていく途中でもあります。
私は、その途中の姿をガラスに残しています。
葉の後ろに現れる影
この作品では、ガラスに焼き付けた葉だけでなく、その後ろに生まれる影も大切な要素です。
ガラスと背面の和紙の間には、約5cmの空間があります。
そこに光が入ることで、ガラスに焼き付けられた葉とは別に、和紙の上へ影が現れます。
葉と影は、同じ一枚の葉から生まれています。
けれども、見えているものは同じではありません。
ガラスには、葉脈や虫食い、傷や欠けた部分まで残ります。
一方、影には、そうした細かな情報はすべて現れません。
葉脈や小さな傷は見えにくくなり、輪郭や大きな形が残ります。
葉には、その葉が生きてきた細かな痕跡が残る。
影には、その細部が消え、形が現れる。
私は、この違いに惹かれています。
影にある「今」の時間
ガラスに焼き付けられた葉は、形をとどめています。
けれども影は、いつも同じではありません。
光の方向が変われば、影の位置が変わります。
光の強さが変われば、濃さや輪郭も変わります。
影は、作品を作った時にすべて決まっているものではありません。
その場所、その時の光によって生まれます。
ガラスには、その葉が生きていた時間の痕跡が残っています。
その後ろには、今この瞬間の光によって生まれた影があります。
過去にあったものと、今ここで起きていること。
その二つが、一つの作品の中に重なっています。

30点でつくる一つの作品
この作品は、一枚一枚を個別に見るだけではなく、30点全体で一つの作品として構成しています。
左に9点、中央に12点、右に9点。
三つのまとまりに分け、その間には余白をとっています。
近くで見ると、一枚の葉に残された細かな痕跡が見えてきます。
少し離れると、30点の並びや、作品と作品の間の空間、そして背後に現れる影まで見えてきます。
一枚の葉を見ることと、全体を見ること。
見る距離が変わると、作品の見え方も変わります。
一枚一枚の葉だけではなく、その間にある空間や影まで含めて、この作品をつくっています。
何が残り、何が次へ渡っていくのか
この作品を作りながら、私は「残るもの」について考えるようになりました。
葉には、その葉が生きてきた時間の痕跡が残ります。
影には、その細かな痕跡は残らず、形が現れます。
そして、その影も光によって姿を変えていきます。
何が残り、何が失われ、何が次へ受け渡されていくのか。
植物を見ながら考えていたこのことは、少しずつ、植物だけの話ではなくなっていきました。
人もまた、経験したことのすべてを、そのまま次の世代へ渡していくわけではありません。
残るものもあれば、失われるものもあります。
形を変えて伝わるものもあります。
私は、葉に残る痕跡と、影に現れる形の違いを通して、植物が生きた時間だけでなく、人が積み重ねてきた時間や、その先へ受け渡されていくものについても考えています。
作品名、
《Traces on the Leaves, Forms in the Shadows — Ficus religiosa, 2026》
は、この作品にある二つの姿、
葉に残る痕跡と、
影に現れる形
から生まれました。
作品情報
Traces on the Leaves, Forms in the Shadows — Ficus religiosa, 2026
2026年
ガラス、菩提樹の葉、釉薬、和紙
30点による作品


